OpenFOAMによる最先端シミュレーション事例

近年、シミュレーション技術は、ものづくりや研究開発の現場において不可欠なツールとなっています。特に、数値流体力学(CFD)分野におけるオープンソースソフトウェア「OpenFOAM」 は、その高い機能性と自由度から、多くの研究者や企業に選ばれ、ライバルに差をつけるための強力な手段となりつつあります。今回は、OpenFOAMがどのように最先端の課題解決に貢献しているのか、具体的なシミュレーション事例を交えながら、その魅力に迫ります。

OpenFOAMは、「Open source Field Operation And Manipulation」の略称で、有限体積法に基づき、主に流体の流れや熱伝達の問題を解決するために設計されたオープンソースのプログラムパッケージです。1980年代にインペリアル・カレッジ・ロンドンにあるデイビッド・ゴスマンのチームの研究を起源とし、2004年にオープンソースソフトウェアとしてリリースされて以来、自由に利用・配布が可能となり、研究コミュニティから広く支持されてきました。現在では、100万行を超えるコードと多数のモデルを含んでおり、ユーザーは簡単なコマンドで問題を解決することも、必要に応じて機能ライブラリを修正・統合してカスタマイズすることもできます。

OpenFOAMの最大の利点は、完全にオープンソースであるためライセンス費用がかからず、開発成果を学術界で自由に共有できる点にあります。また、そのプログラミング言語はオブジェクト指向で、方程式の記述が読みやすい構文を持ち、公式に詳細なコード解説が提供されているため、二次開発に非常に適しています。有限体積法に基づく非構造多面体格子は、複雑な形状の正確な捕捉を可能にし、ほとんどのアプリケーションが並列操作に対応し高速で実行できるため、スーパーコンピュータでの大規模計算にも適しています。

一方で、OpenFOAMはコマンドライン操作が主であるため、慣れるまでに時間がかかる場合があります。また、計算安定化のための工夫が商用ソフトウェアに比べて限定的な場合があり、対象現象、物理モデル、計算手法を深く理解した上で適切な解析モデルを構築することが求められます。しかし、充実したチュートリアルや、活発なオープンソースコミュニティによる貢献が、これらの課題を乗り越える手助けとなります。

次に、OpenFOAMがどのようにして最先端のシミュレーション課題を解決しているのか、具体的な事例を見ていきましょう。

目次

最先端シミュレーション事例

OpenFOAMは、その柔軟性と拡張性により、多岐にわたる分野で活用されています。ここでは、特に注目すべきいくつかの事例をご紹介します。

1. 都市環境における汚染物質拡散シミュレーション

都市部での大気汚染は深刻な問題であり、建築物の形状や樹木が汚染物質の拡散に与える影響を正確に予測することは、持続可能な都市設計において極めて重要です。OpenFOAMは、この分野で多くの研究者に利用されています。

例えば、ある研究では、OpenFOAMのk-ε乱流モデルを用いて、ロンドン中心部のメアリルボーン地区における建築形態と樹木の複合的な影響が、大気汚染物質の濃度に与える影響を調査しました。ここでは、樹木は多孔質媒体としてモデル化され、植栽が歩行者の平均濃度を18%低減するといった有益な効果が示されています。

このシミュレーションを実施する上では、まず対象とする都市空間の三次元形状データをSTL形式で準備し、OpenFOAMのメッシュ生成ユーティリティである snappyHexMesh を用いて、複雑な建築物や樹木の形状に沿った計算メッシュを作成します。次に、風向・風速、汚染物質の排出源などの境界条件を設定し、OpenFOAMの適切なソルバー(例えば、汚染物質の輸送を扱うもの)を実行します。計算結果は ParaView などの可視化ソフトウェアで分析され、風の流れや汚染物質の分布が視覚的に確認できるようになります。

2. 鋳造プロセスにおける溶融金属充填シミュレーション

鋳造は、紀元前4000年頃から行われている金属加工技術であり、現代においても機械工業分野で非常に重要な技術です。溶融した金属を金型に流し込む過程では、金属の溶融・凝固、そして残留空気や発生ガスの巻き込みといった複雑な現象が伴います。OpenFOAMは、これらの現象を高精度に再現するために用いられています。

特に、OpenFOAMは動的な適合格子細分化(Adaptive Mesh Refinement: AMR)法に対応しているため、溶融金属の先端など、現象が急激に変化する領域を動的に高解像度で捉えることが可能です。これは、他の商用鋳造解析システムにはない、OpenFOAMの顕著な優位性の一つです。

計算の具体的な手順としては、まず、鋳造対象のCADデータをSTL形式で準備します。次に、OpenFOAMのメッシュ生成ツールであるsnappyHexMeshを使って、鋳型の形状に沿った静的適合格子細分化を実施します。溶融金属の充填シミュレーションには、圧縮性の気液二相流の気液界面をVOF(Volume of Fluid)法と動的適合格子細分化法により追跡するcompressibleInterDyMFoamソルバーなどが用いられます。計算が開始されると、AMR機能により、溶融金属の先端や空気の巻き込みが発生する場所で自動的にメッシュが細分化され、詳細な挙動が捉えられます。これにより、溶融金属が残留空気を巻き込みながら流動する様子や、先端周辺での温度上昇といった現象を定性的に把握できます。

3. 内燃機関における燃料噴霧・燃焼シミュレーション

自動車エンジンのような内燃機関の内部では、燃料噴霧、壁面への液膜形成、そして燃焼といった非常に複雑で高速な物理現象が同時に発生しています。これらの現象をシミュレーションで正確に予測することは、エンジンの効率向上や排ガス低減に直結します。OpenFOAMは、これらの詳細なシミュレーションを可能にする強力なツールです。

OpenFOAMには、燃料噴霧を粒子として追跡するDiscrete Droplet Model (DDM) や、燃焼プロセスをモデル化するための様々なスキームが実装されています。動的なメッシュの移動やトポロジー変化を伴う複雑なエンジンサイクル全体をシミュレートすることも可能です。

例えば、内燃機関のシミュレーションでは、まず燃焼室、バルブ、ピストン、インジェクターなどの三次元形状を定義し、OpenFOAMのsnappyHexMeshなどを用いて計算メッシュを作成します。ピストンの運動やバルブの開閉に伴うメッシュの動的な変形は、 動的メッシュ機能(dynamicFvMesh) で処理されます。

XiEngineFoamengineFoam といったエンジン燃焼解析に特化したソルバーが用いられ、噴霧挙動、液膜形成、そして火炎の伝播や室内圧力の変化などがシミュレートされます。これらの計算結果は、実験データと比較され、OpenFOAMの高い予測能力が確認されています。

4. 風雪・融雪シミュレーション

近年、気候変動の影響により異常な大雪が頻発し、都市における雪害対策の重要性が増しています。OpenFOAMは、三次元都市モデルと連携し、風雪・融雪シミュレーションを行うことで、詳細な積雪状況を予測し、効果的な雪害対策支援ツールとして活用されています。

このシミュレーションでは、OpenFOAMの標準ソルバーをカスタマイズして使用します。

計算フローの概要

  1. 流れ場の解析: rhoSimpleFoamソルバーを用いた乱流のk-εモデルによる定常流の気流解析を実施します。ここでは、運動方程式や連続の式、エネルギー方程式、状態方程式が解かれます。
  2. 飛雪空間密度の輸送方程式: snowFoamソルバーにより、微小空間内に存在する飛雪の量を予測します。
  3. 雪面の堆積・浸食計算: 雪面に接するセルの飛雪空間密度と摩擦速度から、雪面の堆積・浸食を算出します。
  4. 融雪計算: snowMeltソルバーにより、積雪表面層の熱収支に基づいた融雪計算を実施します。

これらの計算プロセスは、シェルスクリプトを用いて自動的に実行され、段階的に積雪・融雪の状況が解析されます。

計算メッシュの準備手順

  1. 3D都市モデルの変換: まず、CityGML形式の3D都市モデルデータ(建築物LOD1およびLOD2)を、FME Desktop などのツールを用いて、OpenFOAMで読み込み可能なSTL形式に変換します。
  2. ベースメッシュの作成: OpenFOAMの blockMesh ユーティリティを使って、計算領域全体を覆う基本的な六面体メッシュを作成します。
  3. 形状特徴線の抽出: surfaceFeatureExtract ユーティリティで、STL形式の地物データから建物のエッジなどの特徴線を抽出します。
  4. メッシュの再分割と適合: 最後に、snappyHexMesh を用いて、作成したベースメッシュを建物形状に沿って自動的に再分割し、必要な領域でメッシュを細かく調整します。

これらのシミュレーションにより、吹き溜まりや日陰部分の残雪など、街区レベルの詳細な積雪状況を予測し、建屋の雪害リスク評価や雪下ろし支援の優先度評価などに活用することが可能になります。計算結果はParaViewで可視化され、積雪深分布や風速分布などが確認できます。

OpenFOAMであなたのシミュレーションを加速する

OpenFOAMは、単に流体現象を解くだけでなく、多岐にわたる物理現象や複雑な問題設定に対応できる強力なシミュレーションプラットフォームです。そのオープンな性質と充実した機能は、商用ソフトウェアでは実現が難しいような、ニッチで専門性の高い課題解決や、独自の解析手法の開発を可能にします。

シミュレーションの効率をさらに高めるために、OpenFOAMは並列計算に標準で対応しており、decomposeParユーティリティを用いて計算領域を複数のプロセッサに分割することで、計算時間を大幅に短縮できます。

主な活用領域OpenFOAMの貢献例
環境・エネルギー汚染物質拡散、風力発電所の風況シミュレーション、水素拡散、LNGプラントの気流解析など。
ものづくり鋳造、内燃機関の燃焼、熱伝達、塗布シミュレーション、配管設計など。
健康・医療血流シミュレーション、鼻腔内流れ解析、医用デバイスなど。
防災・安全火災再現、トンネル換気、毒性ガス拡散、地下空間浸水、風雪・融雪シミュレーションなど。

この表からお分かりいただけるように、OpenFOAMは様々な分野でその価値を発揮しています。

OpenFOAMは、単なるソフトウェアツールに留まらず、シミュレーション技術の未来を形作るための重要な要素です。もし、あなたが既存の解決策に満足せず、自身の研究や開発に新たな一歩を踏み出したいと考えるなら、OpenFOAMの奥深い世界を探求してみることを強くお勧めします。

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